2025/09/30〜2026/02/17

2025/09/30(火)
体調がパッとしない日。生理前ですべてのものに殺意が湧く。仕事の帰り道、久しぶりに電車に乗ってすぐ本を広げて読んだら、ずんずん頭に文章が入ってきてかなり気持ちよかった。そういえば、去年読んだ『庭のかたちが生まれるとき』ってめちゃくちゃ良書だったな〜と思い出した。ぜんぜん庭とは関係ない内容の本を読んでる時も思い出すので、相当記憶に残る読書体験だったんだと思う。寝る前、Twitter(X)のアプリをアンインストールした。

 

2025/10/01(水)
割れるように頭が痛い。10時間寝た。

 

2025/11/07(金)
他人から触発されるのも他人を触発するのもそれぞれ別様の難しさがある。

 

2025/12/06(土)
空港に来るたびに不思議な場所だなと思う。広くて静かできれいで清潔。いたるところにトイレとゴミ箱がある。マルク・オジェの《非-場所》。

インターネットを介したコミュニケーション空間、大規模スーパーマーケットにおける消費空間、空港に代表される交通空間。現代では当たり前となったこれらの空間はしかし、歴史をもたず、匿名性に満ちた空間である。非‐場所 | 水声社 Web Store

2026/01/12(月)
人生って自分の知らないところで勝手に進んでいく。

 

2026/01/14(水)
もうあとは寝るだけというタイミングでお腹が空いてしまい、白湯を飲んだらいいよと言われたので白湯を飲んで寝た。

 

2026/01/18(日)
夜勤明けで寝て起きたら全てが終わっていた。文フリに行けなかった。夜勤明けで起きた時ってなんかうっすら傷ついてる感じがして、感傷的というか、茫洋とした気持ちというか、号泣した後みたいなぐったりした疲れがある。

 

2026/01/22(木)
近美へ。人のいない平日の美術館が好き。藤本由紀夫と高嶺格と松井智恵が良かった。田中功起の映像作品を見て、濱口竜介の『親密さ』を思い出した。後で調べたら前者は2015年、後者は2012年の作品だった。コレクション展のキュラトリアルスタディーズのフライヤーデザインがかっこいい。デザイナーは西岡勉。高嶺格『在日の恋人』がないか、帰りにショップを覗いたが見当たらなかった。絶版になっているのかもしれない。

 

2026/01/24(土)
朝からディアマンクッキーを焼いた。随分前に買ってから一度も使ってないフードプロセッサーを初めて使ったが美味しく焼けて良かった。砂糖がジャリジャリ言う食べもののことが好き。日が暮れる前に買い物ついでに散歩に出る。とてつもなく寒いが川パト(鴨川パトロール)。泳ぐ鴨たちが丸々太っていて、特にオスの顔の深緑色が日差しを受けて上等なビロードのような光沢を放っており、使い込まれてない阪急電車の座席みたいだなと思う。

 

2026/01/30(金)
帰りの電車でユリイカのセザンヌ特集号(2012年4月号…!)を熱心に読んでいるイケオジがいた。しばらく目で追ってしまった。

 

2026/02/16(月)
夜勤明け。帰り道で急に胃が絞られるように痛んできて、浅く息をしながらなんとか帰った。家に着く頃にはうめき声が出るほどの心窩部の痛みで呼吸がうまくできない。ガスターとカロナールを飲んで1時間くらいのたうち回っていたらいつのまにか寝ていた。途中、救急車が脳裏を掠めたが搬送後に起こることが容易に想像できるため躊躇いが勝つ。一人で暮らすということは、一人でも救急車を呼ぶ判断と勇気をもたなければならないということなのだといまさら気づいた。

 

2026/02/17(火)
このところ『置き配的』を読み進めている。週末にトークイベントがあるのでそれまでにはなんとか読了したい。1/3くらい読んでずっと積んでいたのだが、むずいな〜わからんな〜と思いながら行きつ戻りつ、とりあえず目の前のワンセンテンスを理解しようと努めながらもそれでもわからんな〜と読み続けていると、急におもしれ〜かも…となる瞬間が出てくる。なんというか脳トレクイズとかにある、ぼんやりした写真がだんだんはっきりしてきて写っているものを答える問題みたいな感じで、読んでいくうちに自分の中で「理解」というものがゆっくりぼんやりと像を結びはじめる。

2025/07/06〜2025/09/13

2025/07/06(日)
洗濯機が壊れたので買い替えた。7年の耐用年数をはるかに超えて騙し騙し使い続けていたのでしょうがないなと思う。5つの部屋と4回の引越しを一緒に乗り越えた。大げさだが、一人暮らしの何かひとつの節目を迎えたような気がする。これを愛着というのかはわからない。

 

2025/07/15(火)

これはどういう本になるんだろう。批評、見て考えて書くこと、それがこんなに自由なんだということ、日々妥協している小さな恥辱の群れを、自分の生から切り離すことなく、それでもいつでもひとつの空間がチャンスとして開けているのを指差すこと、作るまでもなく存在していたものとの距離によって自分の制作を価値づけるのではなく、作られたもののなかで作ることはネガティブな条件ではないと示すこと、出来事に報いることで出来事を再創造すること、どれだけ書いてもせいぜいキロバイト単位のこの文章というものを、そのスカスカさにおいて、社会に存在する無数の凹凸に引っかけ、蜘蛛の巣あるいはハンモックのようなセンサー/寝床を作ること、そういうことの楽しさがまっすぐに伝わる本になればいいなと思う。7月14日 - tfukuo.com

2025/07/19(土)
国立国際美で企画展を見た。このタイミングで見れてほんとうによかったと思う。有り得たかもしれないことを想像すること。そうであったにもかかわらず現在がこのようにあること。全ては私の生活の単線上で起こっているということ。

f:id:analog_3:20250719224729j:image高橋喜代史/『ポスター』

 

2025/09/06(土)
このところありえない瞬発さで怒りが湧くようになってしまい、命の母的なものを飲むべきかもしれない。
神戸へ行く用事があり、京橋で東西線に乗り換える。北新地を過ぎたあたりの駅で扉が開いた一瞬、ホームにいた身綺麗な格好のおばさんが、大阪に行きたいのだけれどこの電車にのったらいいのか、とそれはきれいなはっきりとした発声で車内の乗客に向かって尋ねた。呆気に取られるなか角に座っていたおじさんが無言で向かいのホームを指差し電車の扉が閉まった。

 

2025/09/08(月)
鳩居堂で買った「グリーンフォレスト」というお香が気に入っている。無印の白檀の香りがいまいちしっくりこなくて、なんだか甘ったるすぎるなと思っていたのでこちらはちょうど良い。というか昔の蚊取り線香もこんな匂いだった。

 

2025/09/13(土)
久しぶりに朝の高野川ウォーキング。昨日の雨のせいか比叡山の谷間から湧き出るように雲が出ている。イヤホンを付けずに歩く。高野川は賀茂川とは違い、野生味に溢れているので鬱蒼とした小道をひたすら歩くことになる、でもそれがいいのだ。ふとした時に川面のきらめきに心を奪われることもある。

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2025/03/01〜2025/06/13

2025/03/01(土)
朝、高野川を歩く。早朝の散歩は知覚と思考が不可分になるような感じがする。頭が起きていない。思考が強制的に有限化されるような感じ。

 

2025/03/05(水)
仕事を終えた帰路、ビアードパパの紙箱を持った50代くらいのサラリーマンのおじさんがいた。黒色のコートの群れの中で黄色の箱が輝いて見えた。

 

2025/03/29(土)

理解というのはそういう一撃でスパン、みたいなものではないから。ロール状になったぶっといキッチンペーパーにコーヒーを染み込ませるみたいな感じだから。三十一歳の日記(2/11-2/18)|山口慎太朗

 

 

2025/05/22(木)
日暮れに逆らうように西へ向かう。新幹線の中から、都市の中を流れるでかい川を見つけるとうれしくなる。

 

2025/05/31(土)
今年のテーマは「触発」だと思う。

 

2025/06/01(日)
主体と対象が何であれ、誰かが何かを愛でているという様子は結構グロテスクだなと思った。

 

2025/06/02(月)
通勤電車でわらわらと乗り込んでくる小学生たちの通う私立小学校の学費を調べてみたら、卒業までにざっと600万くらいかかるらしかった。揃いの制服の白さが眩しい。

 

2025/06/03(火)
ちびちび読み進めている『非美学』も4章終盤に差し掛かった。しかし3章4章の難解さたるや。センテンスレベルでは薄ぼんやりわかるような気がするが、パラグラフレベルではもう何を言っているのかさっぱり分からない。苦しい。

 

2025/06/04(水)
いまを具体的に生きているか?

 

2025/06/05(木)
あすけん課金(1年ぶりn度目)。あすけんの女にしばかれる日々が始まる。このあいだChatGTPに、どうしても食欲が抑えられないときの対処法を聞いたらいくつか答えをくれた。その中でも「食べるか、観察するか。」というアドバイスが良くてかなり役に立っている。食べたい衝動に駆られた時、ひとまずその欲望を掴んで手のひらに乗せ、しげしげと眺めてみる。内発的な欲望をメタレベルで観察するという方法、他にも使えそうだなと思う。

 

2025/06/06(金)
餡子が小麦粉に包まれた何かが食べたいなと思って高島屋の地下に降り、仙太郎でどら焼き(300円くらい)などを買い、八百一を覗いて帰ろうとした時に、あぁ御座候(100円)という手があったじゃないか、と気づいてがっくりしてしまうのを何度もやっている。

 

2025/06/07(土)
もう感傷に浸らずとも山や川の流れの美しさに意味を見出せるようになった。

 

2025/06/08(日)
ロームシアターでサファリ・P『悪童日記』観劇。前説からシームレスに演劇が始まるのが良かった。まるで双子には見えない双子と、三人称の拡張。

 

2025/06/11(水)
仕事終わりに丸太町の珉で焼肉と中華。チャーハン片手に肉を焼ける稀有な店である。小学生の頃の土曜日のお昼ご飯に出てくる実家の焼飯みたいな懐かしさがあるチャーハンだった。

 

2025/06/13(金)
とうもろこしが出始めている。帰りのスーパーで一本買って今季初のとうもろこしのトリフォラーティを作って食べた。つまんだ指まで美味い。食後にココナッツとマンゴーのアイスクリームを仕込んで寝た。

2025/01/26〜2025/02/25

2025/01/26(日)
近所の蕎麦屋でカツ丼を食べて疏水沿いを散歩。日曜午後のあたたかい日差しを浴びる。春の匂いがする、と言うと、詩的な表現をするねと返された。いや、でもどうしたって春は匂う。

2025/01/27(月)
現代思想入門』の再読を進める。夕飯に、キムチ鍋と味噌汁のあいの子みたいなものをつくって食べた。

2025/01/29(水)
職場の湿度が低い(14%くらい)ので、あらゆる粘膜とあらゆる表皮が乾きに乾いている。

2025/01/31(金)
付け焼き刃のミラグレーンを3錠流し込んで飲み会へ。ビールビール日本酒プレーンサワープレーンサワーワインワインワインワイン、ぐらい。たぶん。飲みすぎている。

2025/02/01(土)
千葉雅也『現代思想入門』の読書会に参加。ひとつの本でも各個人によって読み方が違うのがわかって面白い。自分はとにかく読書を娯楽として捉えている節があるな、と気づいた。結局「きもちよさ」の追求になっている。

2025/02/02(日)
昨日の読書会を反芻。「開かれている」とは「閉じられなさ」でもあって、ある種の脇の甘さや隙が含まれるんじゃないか、閉じることができないという受動性や切迫のことを考えた。夜、節分だからとキンパを巻いて食べた。

2025/02/14(金)
夜勤明けの帰り道で駅までダッシュしたら信じられないくらい気持ち悪くなって吐くかと思った。ちょっと走るだけで吐き気を催すなんて立派な中年じゃないかと気づいて青ざめた。
夜、京都市美と京都近美をはしご。近美の黒田辰秋展のライティングが素晴らしかった。拭漆の艶の照らし方と、民芸品として生活に溶け込む静謐さを表す暗さとのバランスがよかった。

2025/02/16(日)
京都芸術センターで『にんじん断面指なぞりショー』を観た。再現性を担保するものとしてのレシピと、そこから逃走していく身体。Kさんのスケボーの乗りこなしに惚れ惚れした。

2025/02/17(月)
アバンギルドで折坂悠太ワンマン。随分と前にチケットを取ったが、たぶん販売開始から30分くらいでソールドしてた。アンコール最後、『よるべ』を演奏する時に「これは"わたしの京都"です」と話していた。この曲を聴くと、もれなく薄暮の高野川が脳裏に浮かぶ。橋の下の石段に座って幾度となくこの曲を聴いたその時間たちを思い出した。

2025/02/19(火)
ロームシアターで市原佐都子/Q『キティ』を観た。開演前はお腹が空いていたのに、終わったらすっかり食欲が失せていた。駅前でたこ焼きを食べて帰った。

2025/02/22(土)
近所のお店でイベントをやっているので覗いたら、皿洗いを手伝うことになり、その皿洗いの合間でどんどん酒を飲ませてもらってすっかり酔っ払った。友達に貸したままだった本が返ってきた。雪が降るなか、イベントの余り物の餃子を抱えて帰った。f:id:analog_3:20250302150605j:image

2025/02/24(月)
朝から雪。積もるかと思ったが昼からの日差しで跡形もなかった。昼ごはんを食べて散歩。itouを覗いてタンドレスでケーキを買って帰り道の公園に寄ってひとしきり遊具で遊んだ。シーソーに乗った後のおしりが冷たい。

2025/02/25(火)
東浩紀の『観光客の哲学』をこのところ少しずつ読んでいる。

ぼくたちは、人間であるとともに動物としても生きている。顔のある個人であるとともに匿名の群れのひとりとしても生きている。人間はそもそもだれもがそのような両義的な存在なのであり、本書がここまで見てきた世界の二層構造は、いわばその両義性から必然的に導かれている。

「割り切れなさ」と「両義的である」というのは同じことなのか、そうでないとしたらそこにはどのような差異があるのだろうか。

 

2024/12/02〜2024/12/18

2024/12/02(月)
やっと風邪が治ってきたと思ったら、乾性咳嗽が止まらなくなるフェーズに急に入った。仕事帰りに薬局でメジコンを購入。1ヶ月近くどこかしらが不調だと、身体の恒常性というものに対して懐疑的にならざるを得ない。龍角散のど飴のありがたさに気づく。

 

2024/12/13(金)
働き、帰宅。晩ごはんを早々に済ませてフィロショッピー第2期、ベルクソン物質と記憶』第一回講義を受講。「時間を空間化する」ということがいったいどういうことを指すのか、という説明が分かりやすかった。めちゃくちゃおもろい。これを日記を書くということに敷衍するとどうなるかと考えた。時間が空間化されたものとしての痕跡=日記(日付で区切られる)のテクスト⇔「私」の"持続"として、何かを思い出して何かを書くという運動。

 

2024/12/14(土)
冷たい小雨。色んな人からおすすめされていた近所のスリランカカレー屋へ初めて行く。味はどうですか?と何度も聞かれ、その度においしいですと返した。店主は長年ホテルでフレンチのシェフをしていたらしく、ブロードを丁寧にとってるんだろうなと思うようなスープが前菜に出てきた。「この辺りに出店するのはかなり挑戦だったんです、でも人生一度きりしかないし」と話すのを聞いた。

 

2024/12/15(日)
街へ買い物へ。ついでに芸術センターのスタジオオープンデーを観に行く。冷たい風が吹くなか、芸センのグラウンドでKさんのワークショップに参加する。烏丸の街中の、嘘みたいにぽっかりと切り取られた空を見上げる。目を閉じて、再び開ける。空の青さの変化と雲の合間に消えていく白い飛行機。
夕方、帰るタイミングでグラウンドで清祓式が行われていた。正式な儀式なのだろうが、これもひとつのパフォーミングアーツなのだと思った。f:id:analog_3:20241221095908j:image

 

2024/12/18(水)
午後、美容院。アフロの美容師さん。2回目とは思えないフランクさで、カラーのチェックをしながら「眠くて中弛みの時間すね〜」と話す。これくらいゆるいのがちょうどいい。
終わって、京大の方まで歩いてタルジスへ。トマトとバジルのパスタの、気取らなさと実直さが素晴らしいと思った。f:id:analog_3:20241221115718j:image

2024/10/15〜2024/11/22

2024/10/15(火)
仕事帰りに寄ったスーパーを出たところで声をかけられた。よく行くお店のJさんだった。あまりに気を抜き過ぎていて慌ててしまい、何を思ったのか第一声目で「レタスとチョコを買いました!!」と、でかい声で購入品報告をしてしまった(変わった組み合わせやね、と言われた)。しばらくあれこれ話し別れる。偶然、ばったり、奇遇、って何でこんなに嬉しいのだろう。予測し得ない出会いでしかときめかない感情の部分がある。

 

2024/10/16(水)
中公文庫、カバーには税別の値段が表記されていて、帯には税込の値段が書かれている。こういうのって誰が思いつくのかな。他の出版社はどうなんだろうと思って本棚を見てみたが、文庫の帯はたいてい買ってすぐ捨ててしまうので分からなかった。f:id:analog_3:20241019090458j:image

 

2024/10/17(木)
福尾さんの日記を読み返している。とりわけ2022年4月以降に書かれた「日記の続き」を中心に読んでいる。#日記についての理論的考察というタグがついたテクストが面白い。日記についての理論的考察 - tfukuo.com
書けなさ、とはどういうことなのかが分かりやすく示されており内心ギクっとする。周縁的で小さなことを書く、ということを意識してもどうしてもフレームに寄りかかってしまう。日記はインスタグラムでも日誌でもない。それは分かっているけれど、という話。自分をよく見せたいという意識をどう飲み込むか。自己憐憫込め込めで書いた文章、なんて確かに面白くない。この辺りのことはタラウマラ土井さんの『PATSATSHIT』でも書かれていたことだ。

 

2024/11/18(月)
おそらくこないだのメトロで風邪をもらってきて、一週間経つのに治りが悪い、というか経過が長い。幸い熱は出てないし、自宅の棚の奥の方に突っ込んでいたCOVIDの抗原検査(たぶん使用期限切れてる)もやってみたが陰性だった。鼻水を延々かんでいると中耳炎を繰り返していた幼少期のぼんやりとした記憶がよみがえってくる。ゾウのイラストがマークの耳鼻科、処置が痛過ぎて毎度泣き叫んでいた診察台、母親の疲れた顔。

ひとの書いた日記が面白いと、自分の日記ももしかしたらあんな風に面白く書けるんじゃないかと思って書き始める、のをもうn回繰り返している。

 

2024/11/21(木)
数日妙に虚しい。帰宅してからの無気力感がひどく、なぜだろうかと考えたらおそらく家が寒いからだという答えに辿り着いた。エアコンとストーブを付けて加湿器も焚いたらいくらかマシになった。寒いと虚しくなる。夕飯後、福尾さんの新刊を読み進める。

「ひとごと」とは、あたうかぎり慎重な曖昧さで定義しておくと、ある他者が私を主体でなくしてしまい、ふたたび我に返ったときに私がその他者に感じる、醒めた感じ、である。ー『ひとごと』(福尾匠)

『ひとごと』のまえがき部分を読んでいて、柴崎友香の『寝ても覚めても』でどうにも記憶に残っている文章を思い出した。

三時間後に、心斎橋の大丸で友だちと待ち合わせをしていた。それまでは、自由だった。わたしがここにいることを知っている人は誰もいなかった。 ー『寝ても覚めても』(柴崎友香)

最初にこの部分を読んだ時、心の底から晴々とした気持ちになったことも思い出した。わたしがいてもいなくてもよくなること。それが決してネガティブな意味ではなく響くこと。

 

2024/11/22(金)
働き、帰宅。ビールを飲みながらチキンビリヤニを炊く。バスマティライスを買う場所さえ確保しておけばとても簡単な料理だと思う。ラディッシュアチャールも作って添える。萎れかけのパクチーを消費できてよかった。しかし料理は欲望を現前させる手段として最も手っ取り早い方法なんじゃないか。

スペースで黒嵜想×大和田俊のトークを聞く。アーティストインレジデンスの話、「生活」と「制作」の間にあるものは何なのかという話が面白かった。青森のACACの話題が出ていて、安藤忠雄建築のでかい窓ガラスに蛾がぶつかって死んで落ちた先がコンクリートだから腐敗することなく平気で数週間そのままになっているのがなんか良かった、というような話がされていた。この間の大垣書店のイベントでも思ったが、黒嵜さんにしろ大和田さんにしろ福尾さんにしろ、ちゃんと話せる人はちゃんと聞ける人なんだと思った。ひとりごととひとりごとの間に差し込まれる相槌のことを考えた。
f:id:analog_3:20241124100154j:image先日の青森旅行で訪れた青森国際芸術センター[ACAC]
枯れた川を跨ぐように建つレジデンスアーティストの創作棟

パスタ習作#3

はっきり言おう。パスタ、さすがに飽きてきた。
ゆえに作る頻度が落ちたので#2を書いてからだいぶ時間が経ってしまった。しかし飽きることは案外悪くないことで、しっかり熱中してしっかり飽きると不思議と自分の中に基本・基礎が定着していることに気がつくのである。
地獄のような暑さの夏から一瞬で去っていった秋にかけて、どうにか季節に振り落とされないようにと、あらゆる食材でパスタばかり作っては食べて暮らした日々を振り返ります。

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  • プッタネスカ
    家にめぼしい食材がなくても、アンチョビとオリーブとケイパーさえ(?)あれば何とかなるのが心強い 。

 

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  • トラパニ風冷製フェデリーニ
    夏の間、そうめんの代わりとしてめちゃくちゃ作って食べた。アンチョビもパルミジャーノも使ってないのでフルビーガン。しらすとレモンを散らしてアレンジしたりなど。


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  • ボスカイオーラ(木こり風スパゲティー)
    やっすいツナ缶でもちゃんとおいしい。具沢山だと一皿で満足できて良い。

 

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  • 秋刀魚のカレッティエッラ
    今期イチの出来。紛うことなき秋の味。今年は秋刀魚が安くて助かった!何度か繰り返し作って食べた。


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  • 鯛のトマトスパゲティー
    秋刀魚のパスタのうまさに味を占めて魚×軽いトマトソースのパスタにチャレンジ。まんまとうまくいって大笑顔。脂の風味がしっかりしている魚の方がうまくいく気がする。

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  • カチョエペペ
    パルミジャーノかけすぎたかも。血圧上がりそうな塩分濃度になってしまった。酒のあてとしては最高。ニンニク、黒胡椒、パルミジャーノだけの超シンプルなのにうまい。

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  • リングイネジェノベーゼ
    バジルの質がものをいう、ってこういうことか〜!と合点がいった出来。次はもっと柔らかくて色の薄いバジルを使う。ソースを作ったそばからどんどん退色していったので慌てた。

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  • その時々の食材のパスタ達
    なんかお腹空いたけどわざわざ買い出しに出るのも面倒くさいし、冷蔵庫にあるものでパスタでも作るか〜、のパスタ。こういうのが案外うまい。

ここまでの反省点など

  • イタパセがどこにも売ってない
  • 同じものばかり作っている
  • 全体的に塩が強い(体に悪い!)
  • 青森旅行で買って帰った青森県有機にんにくが素晴らしかった(鮮度がいいってこういうことかと学びがあった)
  • その時の気分で冷蔵庫にある食材で名もないパスタを気軽に作れるようになって良かった

 

今後の検討課題

  • ラグービアンコやりたい
  • 冷製パスタのバリエーションを増やす
  • 野菜メインのパスタを作る
  • 牡蠣のパスタいろいろやる